ユバールの星空

忘れたくないキラメキを、拙い言の葉でそっと閉じ込めて

きたない君がいちばんかわいい5巻

久しぶりです、堅魚です。

「きたない君がいちばんかわいい」最終巻の5巻が百合デッキの切り札になるレベルで良かったので簡単に備忘録です。

ネタバレは配慮しないので、読んでから出直して来てください。後悔はさせないので。

 

本作きたかわは、百合と分類するにはあまりに異色な作品でしょう。

序盤は“女の子2人が放課後に倒錯した異常なプレイを楽しむ”という型が固まっており、この時点でインモラルな百合作品として充分に面白いです。

百合姫にあまり詳しくないのですが乳首も出てきますし、他にも虫食や嘔吐も出てきます。無法地帯?

さらにこの1〜2巻範囲の一連の特殊プレイを題材としたASMRまで作られています。

 

【特殊性癖ASMR】きたない君がいちばんかわいい [コミック百合姫] | DLsite 同人 - R18

 

「収録シチュエーション」の欄の、「過食嘔吐/首絞め失禁/赤ちゃんプレイ/強制昆虫食/相互耳かきプレイ」の文字の並びの圧の強さに圧倒されます。

 

(※アニメ化出来るのであれば勿論して欲しいですが、乳首が出てしまいますし厳しいかなと思っていたので、ASMRボイスドラマという形でメディア展開されたのは個人的に嬉しいです。今後“ちょっとセンシティブでアニメ化は厳しいかも”という作品がASMRボイスドラマを出す流れが増えていくと嬉しいですね。ASMR大好きオタクとしては)

 

 

「きたない君がいちばんかわいい」の“きたない”には、文字通り吐瀉物や排泄物などの汚物に向けた“汚い”の意味の他に、惨めなモノを見下すような哀れみのニュアンスも含まれていると考えられます。

瀬崎愛吏から花邑ひなこに向けられていたタイトルが、3〜4巻から瀬崎愛吏の失墜を機に矢印がひっくり返ります。

 


カーストに所属し何不自由なく己の性欲とエゴを満たしてきた瀬崎愛吏も、花邑ひなこに嫉妬する松下好美に行為を盗撮され、いじめ動画としてばら撒かれ次第にクラスにも居場所なくなり不登校へと堕ちていきます。

 

少しずつ逃げ場がなくなり追い詰められ、悪手ばかり打ってしまう瀬崎愛吏の転落過程の丁寧さは重厚な読み応えがあります。

 

瀬崎愛吏が派手に失墜していく様を見ることで満たされるシャーデンフロイデと、先生の絵柄の圧倒的可愛さで、展開が重くても後味は全く悪く感じませんでした。

 

 

前振りが長くなってしまいましたが、行き詰まって絶望まっしぐらのこの状況で、“される”側だった花邑ひなこが逆に“される”側に回った瀬崎愛吏のかわいさに冒されかつての愛吏のように倒錯的な愛を拗らせたり、そこから更に悪ノリしたステーションバー怪人宮園一叶まで隠しカメラを引っ提げて乱入してきたり、全く予想も付かなくなる混沌(カオス)がきたかわ5巻です。

最終巻なのにこのドタバタっぷり。マジ?(リアタイで百合姫読んでいたら絶対毎月楽しかったと思います)

 

宮園一叶は他人の人生を娯楽として消費し勝手に感動してくる面倒な人種、いわゆる“ステーションバー怪人”に近い存在ですがあくまで小物です。

 

先にカメラを仕掛けた方が勝ちの陰湿ストーキングバトルで花邑ひなこに敗北し、代わりとなるおもちゃを見つけたらそのまま舞台から降りていきます。

 

愛吏を拒絶した陽キャグループも一叶が抜けて完全に瓦解し楽しくない居場所に変化しているので、兵藤悠子と松下好美の2人が幸せになれるとは考えられませんし、宮園一叶にもそれ相応の罪の精算が待っているのかも。

サブキャラ周りのアフターは番外編か何かで読んでみたいですね。かなり気になります。

 

ひなこの狙い通り一叶の悪意に触発された愛吏はひなこへの依存を一層強め逃避行を決断します。愛の逃避行と呼ぶには無様でみっともない逃避を。

女子高生二人のホテル暮らし、貯金の限界、上手くいくはずもなく……

県外のホテルで日がな寝てるかセックスしてるかの二択で同級生に生活費やりくりさせている不登校引きこもりの瀬崎愛吏、何もかもが最悪すぎて寧ろ清々しさすら感じます。

ご飯を小動物みたいにもぐもぐ食べている描写、ひなこに乳首責められてる時の嬉しそうな表情、寝てる時の安らかな顔。三大欲求に忠実な赤ちゃんまで退行している節すらある……

 

この状況を必死に維持しようと身分を偽りバイトで稼ごうとするひなこ。

ひなこさえ側にいればそれでいいと自分の事しか考えられなくなり、トラウマや警察の目もあって一日中ホテルに居ても何もすることがなく寝ることにすら飽きていく愛吏。

愛吏の精神失調と孤独はどんどん加速し二人の感情は不穏な音を立てながらすれ違っていきます。

遂には「ひなこが自分の側にいてくれないのなら。捨てられる前に。」と夜中に海に出て無理心中を図ります。

 

(完全に余談なので読み飛ばしてもらって良いのですが、自殺で検索しても本当にロクな情報出てこないですよね。

そんな手間のかかった事出来る精神的余裕ないんだよってキレそうになる気持ちも、かと言って痛いのは嫌だなってなって飛び降りを敬遠して「痛くない 死に方」で検索してしまうのも……既視感がある)

 

夜の海での無理心中も未遂に終わり、苦労して採用されたバイトも無断欠勤することになったひなこ。狂ったふりを続けるのも正常でい続けることにも次第に疲れていきます。この溜息の吹き出しで隠された表情の深刻さ。無理もない。

 

実家からの資金援助も望めず、そのやり取りを勝手に覗いた愛吏に理不尽に怒られスマホを破壊されてしまいます。

 

いつものように体を重ねる過程で、「永遠になろう」と提案する愛吏。ひなこの手はするりと愛吏の首に伸びていきます。

愛する人の首を絞めながら、憎しみと愛情が混ざり体液でぐちゃぐちゃになったひなこの表情は、愛吏が一番求めていた表情だったことでしょう。

事を終え、茫然とした状態のひなこは愛吏を背負い「永遠」になろうと雪の降る街へと歩き出すのでした。

 

「たかが高校生2人で全部投げ出して逃避行したところでこんなオチしか待っていないよ」という皮肉もあり、「それでも壊れきった二人が無事に終わりを迎えた事が美しい」とも読み取れる最後でした。

「雪の日にわざわざ出かけてそのまま二人とも凍死」なんて、泣きゲー等でトゥルーエンドに入る前のバッドエンドにありがちな展開なのに、この二人にはトゥルーエンドなどないのでこのままここで終わりなのが惨めで、だからこそ美しく見えます。

 

結局愛吏もひなこも、「自分の手で壊してきたなくなっていく」姿をなにより“かわいい”と感じる同じ人種で、それが二人の“好き”を確かめる方法だったのでしょう。

自分の欲望をひなこに全部ぶち撒けてしまった愛吏も、それに耐え続けてしまえたひなこも、二人の相性が良かったからこんな取り返しがつかなくなるまで歪になっても関係が続いてしまった。

 

(放課後の学校でヤってる時点で普通にバレると思いますが)花邑ひなこが手遅れになって舞台から降りたifも、拗らせなかったひなこが献身的に愛吏を立ち直らせたifもあったかもしれません。

しかし二人を取り巻く第三者達や世界は二人だけのユートピアを築く事を許さず、こんな汚い終わりを導いたというのはやっぱり面白い。

 

 

作中で愛吏が語る“永遠”は「二人とも無事に死ねて当事者同士が永遠なんだと思うことが出来たら」という死への希望であって、どっちかが生き残ったら今まで以上の生き地獄が待ち受けているのかと思うと少し興奮してしまいます。

二人とも生き残っても面白いですね。

アフターがあるなら見たいところではありますが、読者の解釈に委ねた終わり方もあの物語から突き離されたような衝撃的な最終ページもかなりお気に入りです。

(電子版だと最終ページからクッション無しで余韻ぶち壊しの表紙裏ほんわか4コマが出てきたのが本当に面白かったです。

なんで今回に限ってあとがきないんですか……先生?)

(あと“何も返せなくてごめんなさい”ではないが???)

 

 

 話は変わるのですが、百合作品のキモは「関係性」だと思っていて、単行本の表紙はメインとなる二人の関係性がフィーチャリングされる事が多いと自分は考えています。

百合作品の表紙の中でも「やがて君になる」の1巻→8巻の対比は帯の文まで含めて最高傑作だと思っていますし、表紙だけで起承転結が物語れている点を何より美しく感じています。

 

きたかわも表紙イラストの物語性が完成されている作品だと思っています。

1巻

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2巻3巻を経て4巻。

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立ち位置が逆転するのがいい…………あと裏表紙の治安の悪さ。

 

5巻も通常版と限定版で表紙がガッツリ変わります(ポケモンのブラック/ホワイトみたいに)

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こちらに解釈を委ねてのこの大胆な変化はゾクゾクしてしまいます。

 

後乗りではありましたがとっても楽しい体験でした。

薦めてくれたフォロワーに感謝を。